~ Never say never ~




「日向くん。お願いだからサッカー、辞めないでね」

タイムアップを告げるホイッスルが鳴り響くと、東邦学園サッカー部の選手たちは一斉にピッチに崩れ落ちた。全国中学校サッカー大会の決勝戦。雌雄を決する試合で勝利したのは、昨年の覇者でもある南葛中学だった。

膝をついて呆然とする日向の前に、「サッカー辞めないでね」と朗らかに告げた少年、大空翼が笑顔で近寄る。

「岬くんも若林くんもいなくなって、本当につまらないなあ・・って思ってたんだ。でも、まだ君がいてくれる。・・・ね?辞めないでね?この先何があってもね?」

「・・・翼」

汗で汚れた頬をグイと腕で拭った日向は、笑みを湛えて自分を見下ろす少年に目を向けた。忘れまい、と思う。走らされて、翻弄されて、最後にはがむしゃらに突っかかることしかできなかった。それでも、無様でもいいから勝ちたかった。南葛に東邦が負けたということは、要は大空翼に自分が負けたということだ。日向は唇を噛んだ。

どうして負けたのか。準備が足りなかったのか、努力が足りなかったのか。出来ることは他に無かったのか。次にこの男と闘うときまで、この悔しさを絶対に忘れないと誓う。

「・・・いいね、その目。日向くんのそういうところ、俺大好き。泣かせたくなっちゃう。」

翼と呼ばれた少年は、座り込んだままの日向に覆い被さるようにしてその耳元で囁いた。

「立ち向かってきて。どんなにボロボロになっても、かっこ悪くてもいいから、俺の前に立ちふさがって。・・・そんな君をどん底まで叩き落としてあげる。俺には敵わないんだよって思い知らせてあげる。・・・ふふ。ね?サッカーって楽しいよね」
「・・・ッ」
「また来年、決勝戦で会おうね。・・・じゃ、ね?」

離れる間際に耳朶を齧られた。思い切りよく噛まれた跡からは、血が滲む。

「あ、強く噛み過ぎちゃったみたい。ごめんね。ちゃんと手当してね」

最後にそう告げると、2年生ながらに完璧に試合をコントロールして全中の頂点に立った少年は、もう日向を振り返ることはなかった。悠然と歩き去るその後ろ姿は、まだ14歳の小柄な背中でありながら、既に揺るがない自信と王者の風格を身につけているかのようだった。



太陽がじりじりと照り付ける暑い日だった。東邦学園サッカー部の夏は、全国大会準優勝という形で終えた。優勝を目指してきたチームにとっては、甘んじて・・・というしかない結果だった。
『チームの総合力では南葛よりも東邦の方が上』との前評判だったが、終わってみればたった一人の天才に完敗した、そんな試合内容だった。


日向はピッチの上で寝転がり、腕で顔を覆った。整列だ、とチームの先輩に手を引かれても、すぐには起き上がることができない。
泣き顔なんて見せたくなかった。大きな大会はこれが最後となる3年生とともに、笑って終えたかった。


「日向、泣くな。俺たちがここまでこれたのも、お前がいたからだ。胸はって帰るぞ。・・・来年はお前に頼んだからな。きっと優勝してくれよ」

手を引っ張って起き上がらせてくれた主将にそう言われれば、日向はもう耐えることができなかった。ひ、としゃくりあげて涙をボロボロと零す。

肩を震わせて嗚咽を漏らす日向の背中や頭を、泣き笑いの顔をした3年生たちがポンポンと叩いては通り過ぎていく。ゴールエリアから歩いてきた若島津に肩を借りて、日向はようやく整列するために動き始めた        
















******






東邦学園サッカー部では、中等部の3年生は夏の全中を終えたあとは中等部での部活を引退し、隣にある高等部の部活に参加することになっている。日向は3年生が抜けた後に中等部の主将となり、部を引っ張っていく立場となった。


それから翌年度の春を迎え、いよいよ日向や若島津も最終学年となった。8月には中学生活最後の夏の全国大会を迎えることになる。その予選ももうすぐ、6月から始まるのだ。

今年こそ南葛中を倒して日本一になるのだと、部全体の士気も上がっている。日向たち3年生は二年越しの雪辱を果たすために。下級生たちは敬愛する3年生を勝者として送り出すために。

日向から見ても、今年は今までで一番強いチームが出来上がりつつある。新入生であるタケシが加わったのも大きい。1年生が即戦力となるのは難しいと、そうなれば日向以来だと言われていたが、日向はタケシの能力を疑ったことは一度も無かった。
実際に新入部員の力量を測るために一年生だけで試合をさせた時も、タケシはすぐに味方の得手不得手を把握し、上手く動かしてチームを勝利へと導いた。また自身も点を取って、中盤だけでなく前線でも使える得点能力の高さをアピールした。
今すぐに東邦のレギュラーとしても通用するだろうタケシの活躍ぶりには、反町が「明和FCってバケモノの集まりだったんだね」と舌を巻くほどだった。

練習試合を終えた後、日向は笑って「よく来たな、タケシ」とそのイガグリ頭をポンポンと叩いた。タケシは「二年間、お待たせしました!日向さん」と元気よく答え、周囲の笑いを誘った。




新しい学年、新しい戦力を迎え、それなりに充実した練習を消化している。だけど、それでも日向はまだ足りないと思う。
どれだけ準備をしても、きっとあの男はその上を来るに違いない        、そう思う。


あの男。大空翼は        。














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